時代を語る・安藤恭子(16)機械化で需要に対応

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ボイラーの点検風景=昭和30年ごろ
ボイラーの点検風景=昭和30年ごろ

 終戦から少しすると、人口が増えるのに伴い、みそとしょうゆの需要も高まりました。昭和25(1950)年に有限会社となった安藤商店(現安藤醸造)も徐々に商売を広げていきました。

 売れるのはしょうゆの方が多かったかな。みそは自分の家で作る人もいましたが、しょうゆはなかなかそうはいきません。もちろん、しっかりしたみそを食べたいと、うちの商品を買ってくれるお客さんもたくさんいました。

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