北斗星(1月1日付)

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 秋田市寺内の田中洋子さん(77)は昨年秋、太平洋戦争の激戦地であるフィリピン・ルソン島を訪ねた。31歳の若さで戦死した父を弔うためだった

▼県遺族連合会の慰霊巡拝に同行。日本人戦没者を祭る碑に少々の米や塩、菓子などを供えた。8度目の訪問だが、年齢や体の衰えを考えれば、これがたぶん最後になる。そんな思いが込み上げてきて、手を合わせる時間がずいぶん長くなった

▼父が出征したときはまだ、母のおなかの中にいた。だから父の面影はまったくない。だが50歳ぐらいのとき、戦地に赴く前に書き残した遺言状が実家の蔵に埋もれているのを見つけた。家族一人一人に向けた励ましの言葉が記されていて心を揺さぶられた。父の実像の一端が垣間見えた瞬間だった

▼ルソン島を初めて訪れたのは1977年。交通の便が悪く、父が亡くなった島北部の地にたどり着くのは容易でなかった。トラックの荷台に揺られるなど何日もかかった。そこは田んぼになっていた。同行した母の泣き崩れる姿が今も目に焼き付いている

▼その母が世を去ってから10年以上がたつ。昨年秋のルソン島では父に向かってそちらはどうですか、お母さんとはもう再会できましたかと呼び掛けた

▼年が明けた。昭和は遠くなり、平成も幕を閉じ、令和となって初の正月を迎えた。田中さんは語る。「二度と戦争を起こしてはならない。若い人たちにも語り継いでいかなければ」。願うのは平和。その思いは変わるはずがない。