北斗星(1月14日付)

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 仙北市角館町生まれの椎名其二(1887~1962年)はファーブルの「昆虫記」を和訳したことで知られる。ただ、著作があまりないため、果たしてどんな人だったのかなど全体像を捉えるのは簡単ではない

▼1914年にフランスに渡り、在仏期間は40年ほどに及ぶ。一時帰国した際に昆虫記の翻訳に取り組んだが、生涯にわたり確たる収入がなく、晩年は極貧の中、製本で食いつないだとされる

▼周囲の証言からは自由と友情を重んじ、何ものにもとらわれない生活を貫いた求道者のような生き方が浮き彫りになってくる。友人には献身的で、自宅はいつもにぎわっていた

▼気難しい堅物ではないが、秋田弁で発せられる毒舌は有名。価値観が違う人には容赦ない一面もあった。おいしい食べ物に目がなく、金に糸目を付けない希代のグルメでもあった。親交のあった画家野見山暁治さんは著書「四百字のデッサン」(河出文庫)で椎名をそんなふうに紹介。「神と悪魔が同時に住みついていた」とも書いた

▼生家のそばにある新潮社記念文学館が、椎名直筆の書簡や昆虫記の初版本などを一堂に集めた展示会を開催中だ。知人への書簡や寄稿文は実像に迫るヒントになりそうだ

▼10代半ばまでしか住んでいない角館で死後半世紀以上たった今も椎名を顕彰する展示会が開かれていることに、感銘を覚える。自身に脚光が当たることを何よりも嫌った椎名だが、古里の思いをありがたく受け止めていることだろう。

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