秋田のメダリスト:東京・男子バレー銅 菅原貞敬さん(80)=能代市出身

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東京五輪の思い出やバレーボールについて語る菅原さん=静岡県三島市
東京五輪の思い出やバレーボールについて語る菅原さん=静岡県三島市

 7月に開幕する東京五輪。猛暑の中で繰り広げられる戦いを前に、これまでの夏季五輪でメダルを獲得した本県出身のオリンピアンに聞いた。「あなたの五輪の思い出は?」

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 五輪を一言で言うと「アスリートの最終目的」でしょうか。1964年の東京五輪バレーボールの男子代表に、開幕1カ月前の9月に選ばれました。死に物狂いで練習し、何十、何百の候補者の中から最後の12人目に選ばれたことは感無量。25歳という年齢や体力を考えても、選ばれたのは本当にラッキーだったと思っています。

 競技を始めたのは東雲中1年の時。能代高に進んでもバレーボールを続け、3年の時にインターハイで初優勝。これがきっかけとなって、高校卒業後の57年に実業団の東レ九鱗会(現東レ)でプレーしました。最初は練習についていくのが大変で、全日本に入るとか五輪に出るなんてことは考えもおよびませんでした。東レに入ったことに感謝し、いずれはチームを日本一にしたいという思いで、ひたすら練習しました。

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