社説:元豪風関、襲名披露 後進育成へ大きな期待

お気に入りに登録

 昨年1月の大相撲初場所で現役を引退した元関脇豪風の押尾川親方(本名・成田旭、北秋田市出身)が2月1日、東京の両国国技館で「豪風引退・押尾川襲名披露大相撲」を開き、断髪式に臨む。関取の象徴ともいえる大銀杏(おおいちょう)に別れを告げ、年寄襲名をファンに報告する。

 力士が大型化する角界にあって、身長170センチ余りの小兵ながら17年間健闘したことをたたえたい。今後は本県出身者をはじめとする後進の育成に力を発揮することが期待される。

 引退と年寄襲名を国技館で披露できるのは十両以上を30場所以上務めた力士に限られる。集客力も必要で、人気と実力を兼ね備えた力士だけに許される名誉と言える。

 押尾川親方は森吉中卒業後、金足農高で相撲を始めた。中央大で学生横綱に輝いた後、尾車部屋に入門し、2002年夏場所で初土俵を踏んだ。通算100場所で687勝746敗46休。14年秋場所では、戦後最年長となる35歳2カ月で自己最高位の関脇に昇進した。

 幕内在位は86場所。幕内出場1257回で史上9位。本県出身力士の関脇昇進は1964年の元大関清国(湯沢市出身)と元関脇開隆山(潟上市出身)以来50年ぶりだった。幕内勝ち星が500を超えたのも清国以来だった。

 競争の激しい角界にあって、長い間にわたって活躍できたのは、普段からのたゆまぬ精進のたまものである。厳しい稽古を重ね、巨漢力士に正面から立ち向かっていく取り口は多くの県民を励ました。その労苦をあらためてねぎらいたい。

 押尾川親方が広く県民に支持されたもう一つの理由として、古里を大切にする姿が共感を呼んだことが挙げられる。場所後や巡業の合間を縫って、県内各地の福祉施設や学校への訪問を重ね、お年寄りや子どもたちと触れ合ってきた。

 2016年に県民栄誉章が贈られたのは、こうした活動が評価された結果でもあった。断髪式の前に、北秋田市で第1号となる市民栄誉章が贈られることも決まっている。今後も機会あるごとに県民との交流を深め、大相撲の魅力を伝えてほしい。

 国技館に、県内の児童養護施設で生活する子どもたちを招待するのも押尾川親方らしい。多くの県民や首都圏の本県出身者、ゆかりの人が集まって最後の大銀杏姿を見届け、親方としての門出を祝いたい。

 今後は、現役時代に自ら培った稽古や健康管理などのノウハウを伝え、次代を担う力士の指導に当たる。本県の有望な若手を発掘し、自身を超える力士に育て上げる名伯楽となってほしい。

 現在、本県出身力士は9人だが、幕内力士はいない。県民にとっては郷土の幕内力士がいるかいないかで相撲への思い入れが違ってくる。現役の県出身力士の奮起も求められる。