石塚綜一郎捕手「1軍にはい上がる」 母への感謝を形に

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自主トレでバットを振る石塚。木製は高校時代から練習で使っており違和感はない=1月、秋田市河辺
自主トレでバットを振る石塚。木製は高校時代から練習で使っており違和感はない=1月、秋田市河辺

 プロ野球ソフトバンクの育成ドラフト1位新人、秋田市出身の石塚綜一郎捕手(18)=岩手・黒沢尻工高3年=の挑戦が始まった。1軍戦に出場できる支配下登録、1軍への昇格、定位置獲得と、常勝軍団の中で競争に勝っていくのは容易ではない。若タカは「肩と打撃には自信がある。最初の3年が勝負」と引き締まった表情で覚悟をにじませた。

 高校通算39本塁打。入学間もない1年春から正三塁手として起用されるほど打棒がずばぬけていた。2年秋に捕手に転向し、地肩の強さを買われて投手を兼任。最速143キロの速球派として鳴らし、投打でチームをけん引した。

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36年ぶりのベスト4に貢献

 逆ブロックの大船渡と戦うためには、決勝まで勝ち上がらなければならなかった。石塚の活躍もあって順当に勝ち進み、3年連続ではね返されていた準々決勝の壁を乗り越え、36年ぶりに準決勝まで上り詰めた。

 花巻東との準決勝は、石塚が先発。自身の適時打などで一時4点リードしたが、右手中指の豆がつぶれて本来の投球ができなかった。終盤に逆転され決勝進出を逃した。「投手も打者もここ一番で声を出しながら向かってくる。気合の入れ方が違った」と、甲子園常連校の一球に対する執念を肌で感じた。

小3からの夢を現実に

 プロになることは、岩見三内小3年で野球を始めたころからの夢だった。「成長するにつれて友人がそれぞれの夢を持つようになり、自分一人だけ『プロ野球選手』と言うのが(理想が高くて)恥ずかしい時期もあったが、貫いて良かった」

 岩見三内中では、より高いレベルを求めて1年の冬から秋田南リトルシニアで硬式に取り組んだ。監督の紹介で、高校は秋田工高や青森大で後にプロに進む選手を育てた石橋智氏が監督を務める黒沢尻工を選んだ。高校では内野手、投手もこなしたが、プロでは捕手一本で勝負する。

 プロ入りしたとはいえ、1軍の試合に出られない育成契約。「まだ本当の意味でプロではない。育成は人一倍努力しなければいけない立場。まずは支配下登録を目指す」と話す。目標は、強打の捕手として活躍したOB城島健司のような打力と、1軍の正捕手甲斐拓也のような肩の強さを併せ持つ「打って守れる扇の要」。

「母親に早く恩返ししたい」

肩の強さと打力が武器の石塚。育成からはい上がっていく挑戦が始まった

 甲斐は育成ドラフト6位からはい上がっただけに、「育成時代にどんな練習をしていたのか聞いてみて、自分に合うものはどんどん取り入れたい」と貪欲に語る。高校時代にはかなわなかった佐々木との対決も楽しみにしている。

 いつも胸にとどめているのが、女手一つで育ててくれた母順子さん(43)への感謝の思い。「安くない用具をそろえてもらうなど、いろいろ苦労をかけてきた。母を楽にさせられるように結果を出す」。落ちついた口ぶりの中に、確かな意志が感じられた。

【いしづか・そういちろう】

2001年6月7日、秋田市生まれ。岩見三内小3年で岩見三内野球スポ少に入団。秋田南リトルシニアを経て黒沢尻工高。1年春から中軸を任され、2年秋から捕手。3年夏は背番号2ながら主戦として5試合に登板。3番としても勝負強い打撃でチームを4強に導いた。右投げ右打ち。181センチ、85キロ。