北斗星(2月22日付)

お気に入りに登録

 時代小説から現代物まで幅広く手掛けた山本周五郎(1903~67年)は、生涯で約800とも言われる作品を著した。いま読んでも、古さを感じさせない。庶民や下級武士を主人公とした作品が多く、彼らが虐げられながら耐える姿を通して、権力者の姿勢を批判した

▼本県を舞台にした短編も幾つか書いた。その一つに、本荘藩を辞した武士が主人公の「浪人走馬灯」(新潮文庫「ならぬ堪忍」所収)がある

▼作品は40年に発表された。剣の腕が立つ主人公は貧乏暮らしをしながらも、諸藩からの仕官話を断る。弱い者の誇りある生き方を描き、主人公をおとしめた権力者の醜さと対比させた。その辺りがストレスを抱えて生きる現代人の心情に訴え、いまも新たな読者を獲得する要因ではないか

▼テンポがよく、よどみない文体は「山周節」と呼ばれてファンに親しまれ、43年には別の時代小説で直木賞に選ばれた。選考委員は「熟練の技」などと絶賛。しかし山本は「新人と新風を紹介する点に、この種の賞の意味がある」との理由を挙げて、受賞を辞退した

▼権威を嫌った山本らしい振る舞いと言えそうだが、異例の行動だ。35年に創設された直木賞を辞退したのは、85年続く同賞の歴史の中でも山本のみだ

▼山本が「浪人走馬灯」を発表した当時は戦時下にあり、著作物は軍部の検閲を受けた。表現にはかなり気遣ったことだろう。そんな中で権威を否定する生き方を堂々と描き切ったのは、痛快ですらある。