社説:植松被告死刑判決 差別意識の解明不十分

お気に入りに登録

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら計45人が殺傷された事件の裁判員裁判で、横浜地裁は殺人罪などに問われた元職員植松聖被告に求刑通り死刑判決を言い渡した。

 この事件が社会に大きな衝撃を与えたのは、被告が「意思疎通のできない障害者は不幸を生むから要らない」という考えにとらわれ、実行したからだ。なぜそのような考えを抱くようになったか、裁判を通じて解明されることが期待されたが、審理が不十分なものとなったことが悔やまれる。

 被告は、ほとんど抵抗もできない入所者の男女を刃物で突き刺すなどして19人を殺害し、職員を含む26人に重軽傷を負わせた。単独犯による犯行としては類を見ない悪質さである。厳正な処罰が求められることは言うまでもない。しかし裁判には、事件を巡るさまざまな真実を明らかにすることで今後の教訓とし、再発防止につなげていく役割もあったはずだ。

 被告の差別意識の根源に迫りきれなかったのは、裁判の争点が被告の刑事責任能力の有無に絞られたからだ。弁護側は、被告は犯行当時、大麻使用による障害で心身喪失の状態にあり、責任能力がなかったとして無罪を主張した。地裁判決は、大麻が犯行に影響したとは考えられず、被告が善悪を判断したり、行動をコントロールしたりする能力が喪失、低下していた疑いはないとして、責任能力を認定した。

 一方、被告は公判でも、重度障害者に対する差別意識をむき出しにした発言を繰り返し、犯行動機を問われて「社会の役に立つと思った」と述べるなどした。2カ月余りの審理で、被告からは反省や悔悟の言葉は聞かれなかった。遺族らの怒りや苦しみは大きいだろう。

 他の職員たちが入所者の口に流動食を無理やり流し込むのを見たりするうちに、入所者は人間ではないと思うようになったと振り返る場面もあった。だが、被告自身が入所者にどう接していたかなどは、ほとんど審理の対象にならなかった。

 被告の家庭環境や成育歴などに差別意識を助長する要素はなかったか。園で働くようになってからの被告に何があったのか。こうした点にしっかり踏み込み、真相を明らかにするべきだった。

 検察、弁護双方の主張が責任能力の有無に集中したことについて、裁判員の負担を考慮して事前に決めた予定に沿って進めようという意識があったとする検察関係者もいる。裁判員裁判だからといって、それで済む話なのだろうか。今回の裁判を前例としてはならない。

 重度障害者も含め障害者の自立と社会参加を進め、「共生社会」を実現することが求められている。差別や偏見をなくすために何ができるかが問われている。

秋田の最新ニュース