社説:憲法記念日 自由と権利、考える機に

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 憲法の施行からきょうで73年を迎えた。新型コロナウイルス感染拡大を受け、外出自粛や休業要請などの動きが全国に広がる中、憲法の基本原理である基本的人権を改めて考える日としたい。

 全国に拡大された緊急事態宣言の延長を安倍晋三首相はあす決定する。地域によって差が出る可能性はあるが、移動や集会、営業などさまざまな自由を柱とする権利への事実上の制約が続くことになる。

 感染終息が見通せない現状ではやむを得ない判断だろう。ただし、ここで考えなければならないのは、憲法の保障する自由や権利との関係だ。

 緊急事態宣言は新型コロナ特措法に基づき、外出自粛や施設使用制限などを要請できる。さらに医療施設を開設するため、土地や建物を強制使用することも可能だ。

 医療体制がさらに逼迫(ひっぱく)して強制措置を取るような事態になれば、財産権に抵触する可能性もある。むしろ、そうしたことにならないように、政府や自治体、医療機関などは連携を一層強め、医療体制を支えなければならない。

 特措法は、国民の自由と権利の制限は「必要最小限のものでなければならない」と定めている。つまり、感染拡大の阻止という目的と、さまざまな制限とのバランスを取ることが重要ということになる。現段階では自身や家族、周囲の人を守るため個々人が外出自粛などを受け入れる一方で、政府や自治体は感染終息というゴールに至ることを最優先すべきだ。

 終息がいつになるのかは今のところ見通せない。とはいうものの、終息の先に宣言や要請などの妥当性を検証する必要があることを忘れてはならない。

 宣言の前提となる科学的根拠は十分だったか。対象地域や期間の設定は適切だったか。専門家の意見はどうだったのか。これらを検証するためには、政府や専門家の会議内容を記録した文書がきちんと保存され、公開されなければならない。検証の主体として国会だけでなく、第三者機関を設けることも求められる。

 緊急事態宣言については「緊急事態条項」と混同しないように気を付けたい。自民党の改憲案には、この条項の新設が盛り込まれている。大災害時に限定しているとはいえ、非常に強い権限を内閣に与える内容だ。緊急事態条項の歴史を見れば、恣意(しい)的な運用の危険性がどうしても拭えないだけに、議論を注意深く見ていく必要がある。

 感染拡大に伴う緊急事態宣言は、憲法の保障する自由とさまざまな権利の大切さを再認識する機会となった。自由と権利について12条は「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定める。私たちと憲法との関係を振り返り、この言葉の重さを今こそ胸に刻みつける時だろう。