北斗星(5月23日付)

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 東京行きの秋田新幹線こまちに乗ると、決まって座席ポケットに手を伸ばす。JR東日本発行の車内誌を読むためだ。とりわけ作家沢木耕太郎さんが連載中のエッセーは旅情を誘う

▼その中から41編を選んだ「旅のつばくろ」(新潮社)が出版された。主に東北各地を歩いて書いた一冊。男鹿半島や秋田市の県立美術館など本県訪問の紀行が目を引く

▼沢木さんは50年以上前にも東北を旅行したことがある。経緯は新潮社のPR誌のインタビューに詳しい。16歳だった高校1年生の春休み、12日間かけて東北1周に挑戦した。夜行列車の長距離路線があって、宿泊代を浮かせられると考えたからだ

▼まずは上野から乗り込んだ。「かっこいい名前のところに行く」という方針を立て、男鹿の寒風山を目指した。「一人で何かをするという経験は、その後の僕にとって決定的に重要だったような気がします」と沢木さんは語る。そんな青春時代のエピソードに共感しながら、名著「深夜特急」の原点の旅を想像する

▼それに比べ今は…とこぼしたくなる。旅に出る若者が少ないと言うのではない。コロナ禍で移動自粛が求められ、自由に旅行できない現状がもどかしい。それでも今はあちこちに出掛けるのは我慢しよう。現地に行くばかりが旅ではない。書物を通しても旅はできる

▼沢木さんは旅先でのちょっとした寄り道を楽しみ、偶然の出会いを面白がる。そうした「不要不急」こそ人生を豊かにしてくれるのだと思う。