乗り鉄日和~行き当たりばったり 春の由利鉄編(上)【動画】

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車窓からとらえた鳥海山の姿。いろいろな角度から楽しめるのも由利鉄ならではか=曲沢駅付近
車窓からとらえた鳥海山の姿。いろいろな角度から楽しめるのも由利鉄ならではか=曲沢駅付近

 鉄道の魅力とは何だろう。車窓という“額縁”の中で次々に移り変わっていく美しい風景か。飛行機での移動にはない旅情か。それとも、気の向くままに立ち降りた駅の周辺での偶然の出会いか。答えは人それぞれであり、求めるものも一様ではないだろう。新型コロナウイルスの影響で県境をまたぐ移動の自粛が求められている。「乗り鉄」の私も、今は県外への旅行を控えざるを得ない。一方、これまであまり目を向けてこなかった県内路線の魅力を再発見するチャンスだとも感じている。行き当たりばったりの珍道中。存分に笑ったりあきれたりしてもらえれば幸いだ。
(取材・鎌田一也)

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 4月下旬、観光客減少に苦しむ由利高原鉄道(由利鉄)を取材した際、萱場(かやば)道夫社長は「由利鉄の沿線の風景はこれからが一年で一番魅力的な時季だ」と話していた。確かに桜や菜の花、新緑など春を感じさせるものは山ほどある。「鳥海山ろく線」という路線名が示す通り、雪を頂いた鳥海山の存在感は圧倒的だろう。5月9日、その雄姿を車窓から拝もうと、由利鉄に乗り込んだ。

橋上化工事のためプレハブの仮駅舎で営業中の羽後本荘駅

 由利鉄とJR羽越線が接続する羽後本荘駅は、橋上駅舎化を目指し改築が進められている。現在使用されているのは、プレハブの仮駅舎。来夏の新駅完成が待ち遠しいが、限られた期間しか見られないプレハブ駅舎が見られるのも今だけの体験だ。

 由利鉄は土日祝日限定で、全線乗り降り自由の「楽楽遊遊乗車券」を1100円で販売している(利用は1日限り)。全線の羽後本荘~矢島駅(片道610円、23キロ)の往復料金より割安だ。私が由利鉄に乗るのは3回目だが、沿線風景の記憶はおぼろげ。まずは、鳥海山がよく見えるはずの進行方向右側に張り付き、車窓から見える風景を撮影することにした。

■木のぬくもりあふれる「おもちゃ列車」

由利鉄の中でもファンに人気の「おもちゃ列車」

 4番ホームには既に、午前10時43分発の矢島行きが入線していた。由利鉄の車両の中でも人気の「おもちゃ列車」だ。通常なら、おばこ姿のアテンダントも添乗しているはずだが、新型コロナの影響でこの時はまだ休止中(現在は再開)。車内にある「木のプール」などのおもちゃも一時的に撤去されている。早く新型コロナが収束し、子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿を見たいものだ。

新型コロナ感染防止のため、おもちゃが一時撤去されていた

 観光客向けの列車とあって、進行方向右側の座席の一部が、景色が見やすいよう横向きに設計されている。窓際のカウンターと併せて、木のぬくもりが感じられる。動画撮影にはもってこいの高さだ。

■鳥海山が見えたり隠れたり

車窓からは農作業に励む人々の姿も見えた=薬師堂~子吉駅間

 乗客は私の他には地元住民と思われる女性1人だけ。定刻通りに静かに出発した。しばらくは羽越線と並行しながら住宅街を進んでいたが、最初の停車駅である薬師堂を過ぎたあたりから羽越線との距離が開き、徐々に田園地帯が広がってきた。週末とあって、あちこちで田植えやその準備に励んでいる人の姿が見える。

 子吉駅周辺で鳥海山が一瞬見えたものの、列車は程なく林に入り、その姿を見失う。この後も、鳥海山は見えたり隠れたりの繰り返し。見える方向も、進行方向の右後方だったり右前方だったり…。時には左前方に見えることも。曲がりくねった線路を進んでいることがよく分かる。

■無計画にデジカメを酷使

木のぬくもりが感じられる「おもちゃ列車」の車内。トンネルを通過する時は壁際のランプが灯り、さらに柔らかい雰囲気となる

 鳥海山を追いかけながら刻々と変わる風景を楽しんでいると、久保田駅を過ぎて間もなく、突然カメラの電源が落ちた。使用していたのはビデオカメラではなく、動画を撮りながら同時に写真撮影もできるコンパクトデジカメなのだが、液晶モニターをつけっ放しで何十分も撮影を続けたせいか、カメラはかなり熱を帯びていた。専用のビデオカメラならいざ知らず、デジカメで車窓風景を長時間撮り続けるという計画自体が無謀だったようだ。反省。

 川辺駅を過ぎると、由利鉄で唯一となるトンネルに突入。窓際のランプが点灯し、木のぬくもりあふれる車内がさらに柔らかい雰囲気を帯びた。乗車から39分。トンネルを通過した列車は、間もなく矢島駅へ到着した。

■コロナ禍に負けず元気なまつ子さん

矢島駅の売店「まつこの部屋」。運営する佐藤まつ子さんと、タレントのマツコ・デラックスさんの2ショット写真も飾られている

 最初の下車駅は終点の矢島駅に決めていた。「まつ子の部屋」というちょっと変わった名前の売店に立ち寄るためだ。運営しているのは、駅の近く住んでいる佐藤まつ子さん(73)。観光客に気さくに声を掛け、無料で桜茶を提供しており、今では由利鉄の顔とも言える存在だ。店にはタレントのマツコ・デラックスさんとの2ショット写真も飾られている。

 新型コロナの影響で今年の大型連休中は観光客が激減、土産物の売れ行きも芳しくなかったようで、値引きされている商品も目立つ。ただ、「お客さんが来ないときはいっつも、友達に押し売りしている」。まつ子さんの口ぶりは屈託がなく、暗さは感じられない。話していて何だかほっこりとした気分になる。

 そんなまつ子さんも昨年は一時期体調を崩し、休業を余儀なくされた。「元気で店を続けられるよう、体調が悪いときは無理をしないようにしている」「なるべく1日3千歩は歩くように心掛け、食べ物にも気を付けている。まずは野菜から先に食べるようにとかね」。私のたるんだおなかが許せなかったのだろう。「あなた、肉ばっかり食べているでしょ? そのあたりに『肉』って書いてあるもの」とお叱りを受けてしまった。

 売店では、「ユリテツカレー」と、まつ子さんお薦めの「いちじくグラッセ」を購入。「ユリテツカレー」は4月の取材の折にも買っている。ハーブの使い方が絶妙で、由利牛が惜しみなく入っているのが特徴。他では食べたことのない不思議な味で、すっかりとりこになってしまった。でも、野菜もちゃんと食べなくちゃ。

■計画の甘さを次々と露呈

三脚が低すぎ。「ユリテツカレー」を敷いて底上げを図ったのは苦肉の策

 由利鉄のホームページには、田植えを控え水が張られた田んぼに鳥海山や列車が鏡のように映り込んでいる写真がいくつか掲載されている。私もそんな写真を撮ろうと、矢島駅を11時55分に出る列車で曲沢駅に向かう計画を立てていた。曲沢駅までは行きとは反対側の車窓を撮るつもりでいた。

 乗り込んだのは、先ほどと同じ「おもちゃ列車」だが、反対側にはカウンター付きの横向きの座席はない。テーブルが付いている席はあるが、持参した私の三脚では低すぎて、車窓の撮影は難しい。仕方がないので、先ほど買い求めた「ユリテツカレー」の箱を下に敷き、急場をしのぐことにした。「ユリテツカレー」をこんな使い方をした人は私以外にはいないだろうな。

 “セッティング”を終え、直後に致命的なミスを犯していたことに気付いた。SDカードの空き容量がほとんど残っていないではないか。録画できるのはあと10分程度。予備のカードを持ってくるのも忘れていた。

 この日は午後1時から前郷駅で取材の約束をしていた。曲沢駅から前郷駅までは歩いて20分程度。曲沢到着は午後0時19分。撮影ポイントを探しながらでも、余裕で間に合うはずだったが、このままでは、取材先に着いてもほとんど何も録画できない。困った…。<続く>