時代を語る・伊藤次男(6)地道に精進を重ねる

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子吉川べりにあった本荘高の艇庫兼合宿所=昭和30年代
子吉川べりにあった本荘高の艇庫兼合宿所=昭和30年代

 入学前、本荘高でボート競技が盛んだということはほとんど知りませんでした。ところが誘われた「端艇(たんてい)部(ボート部)」は、全国高校選手権(現インターハイ)や国体で何度も優勝している強豪でした。

 〈「端艇」という言い方は、船舶に搭載され、人の輸送や救命に使用される手漕(こ)ぎボート「カッター」に由来する。おおむね三角形の艇首に対し、艇尾(端)をカット(切り落と)した格好なことからそう呼ばれる。江戸末期、日本で初乗艇した海外製ボートがカッター(端艇)とされることから、高校や大学などで「端艇部」と名付けたという説が一般的〉

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