時代を語る・伊藤次男(7)チームのエンジン役

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フィックスの乗艇練習=昭和33年ごろ、子吉川
フィックスの乗艇練習=昭和33年ごろ、子吉川

 体力づくりを経てどうにか漕(こ)げるようになった頃、ボートのどのポジションで漕ぐのかが決まりました。漕ぎ手は6人。私は身長が177センチ、体重74キロと大柄な方で、最も体力の要る所に配置されました。本荘高に入学してほぼ1年後、昭和33(1958)年春のことでした。

 〈当時、高校で使われていたボートは「フィックス」と呼ばれるタイプ。座席が固定(フィックス)されているからで、現在は前後に可動するのが主流。全長13・5メートル、幅1・25メートル、重量500キロ。細長く軽い現行ボートに比べ、幅があり重かった〉

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