北斗星(6月30日付)

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 太平洋戦争末期、旧花岡町(大館市)に強制連行された中国人労働者が一斉蜂起して鎮圧された花岡事件。犠牲になった中国人は418人というのが長い間の定説だった。蜂起に加わった1人が終戦の翌年、秋田市の病院で亡くなったことを示す史料が見つかったのは20年ほど前。今では「419人」説が定着している

▼1945年6月30日と考えられてきた蜂起の日を「7月1日」とする説が、30年ほど前に発表された。公判記録の原本などが根拠だが「6月30日」説を裏付ける物証も多い。どちらが正しいかは未決着だ

▼膨大な史料を検証し事実を追究するのが歴史研究である。時には定説が覆ったり、激しい論争が起きたりするのもそんな営みがあるからだろう

▼花岡事件では大館の在野の研究者たちが真相究明の大きな力になってきた。地域で起きた悲惨な歴史に少なからず自責の念を抱き、研究に半生をささげてきた人も少なくない

▼事件から75年。インターネット上には「デマ」「捏造(ねつぞう)」だとして、事件があったこと自体を否定する書き込みが散見される。一方で犠牲者を悼み、歴史の継承に尽力した人の訃報に接することも増えた

▼大館市と市民団体「花岡の地・日中不再戦友好碑をまもる会」はきょう、それぞれ慰霊式を開く。まもる会代表富樫康雄さん(84)は「事件をなかったことにはさせない」との誓いを込める。花岡事件を語り継ぐ人が減りつつある今だからこそ、その声にしっかり耳を傾けたい。