時代を語る・伊藤次男(11)本番に向け高鳴る胸

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全日本選手権漕艇大会に出場=昭和38年、神奈川県・相模湖
全日本選手権漕艇大会に出場=昭和38年、神奈川県・相模湖

 中央大に進んだ昭和36(1961)年当時、ボートが強かったのは大学チームでした。中でも国立でいえば東京大、一橋大、東北大、京都大、私立大なら早稲田、慶応、同志社あたりが上位に食い込む力を持っていました。社会人チームもありましたが、大学には及ばなかったと記憶しています。

 〈大学チームに強豪が多かったのはボートの歴史に由来する。日本ボート協会によると、明治16(1883)年、東大と体操伝習所(筑波大の前身の一つ)が隅田川で対抗戦を開催。これが日本人によるボートレース(レガッタ)の始まりとされる。以来、全国の大学や旧制高校などに急速に広まった。よく知られる「早慶レガッタ」がスタートしたのは明治38年〉

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