時代を語る・伊藤次男(15)予選3位、力の差歴然

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予選で外国勢との力の差を痛感、引き揚げる=昭和39年10月12日
予選で外国勢との力の差を痛感、引き揚げる=昭和39年10月12日

 大会3日目、エイトの予選の日が巡ってきました。レースは5チームずつ3回。日本はB組。1位なら目標の決勝に進むことができます。私は漕手(そうしゅ)8人のうち前から6番目。やはりエンジン役です。オリンピック開会式の感動がまだ冷めやらぬ昭和39(1964)年10月12日のことでした。

 晴れ、気温20度、北西の風0・2メートル。うってつけのコンディションでした。戸田ボートコース(戸田漕艇=そうてい=場)の土手には、本荘高端艇(たんてい)部(ボート部)の作左部忠監督(故人)をはじめ、故郷本荘の関係者が陣取っているのが見えました。コース長2千メートル。できれば千メートルまでリード。それができない場合はどうにか付いていき、ラストスパートをかける作戦でした。

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