時代を語る・伊藤次男(19)五輪への再挑戦決意

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ボート人生の出発点となった本荘高艇庫跡地=今年6月、子吉川べり
ボート人生の出発点となった本荘高艇庫跡地=今年6月、子吉川べり

 メキシコオリンピックを1年半後に控えた昭和42(1967)年春、本格トレーニングを開始しました。県東京事務所に異動。オリンピック挑戦を強く勧めてくれた在京のボート仲間たちと一緒に汗を流しました。

 種目は「舵(かじ)付きフォア」。フォアは漕手(そうしゅ)が4人という意味。舵付きとは舵手(だしゅ)=コックス=付きということで合わせて5人乗ります。当時、漕手が8人の「エイト」に次ぐ花形種目でした。

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