時代を語る・伊藤次男(28)恩師の急逝にただ涙

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全国高校総体で優勝し歓迎を受ける作左部先生(手前右)=昭和31年、羽後本荘駅前
全国高校総体で優勝し歓迎を受ける作左部先生(手前右)=昭和31年、羽後本荘駅前

 昭和53(1978)年、悲しい出来事がありました。まさかと思いました。本荘高端艇(たんてい)部(ボート部)を全国の強豪に育て上げ、私をボート選手として見いだしてくれた作左部忠先生が2月19日、亡くなったのです。高校教諭を定年で退職して3年ほど、まだ63歳でした。

 ボートについて「いろは」から教えてもらっただけではありません。レースは普段の生活で自己管理するところから始まっていることを徹底的にたたき込まれました。先輩後輩のあいさつの仕方、人の話を聞く時は姿勢を正しよく耳を傾けること、食事は感謝の気持ちを忘れずおいしくいただくこと、さらに靴の脱ぎ方まで、人としての基本をいま一度しつけられました。

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