時代を語る・鷲澤幸治(10)自宅庭にダリア植栽

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かつて水先案内船のエンジニアとして働いた秋田港で=今月3日
かつて水先案内船のエンジニアとして働いた秋田港で=今月3日

 「秋田船川水先区水先人会」での仕事は朝が早かった。秋田港に来た外国船を岸壁に誘導するのに遅れないよう、午前5時半ごろまでには出勤した。船が来るのは朝早いからな。水先案内船のエンジニアとして、パイロット(水先案内人)をいろいろと補佐した。

 水先人会で働き始めた翌年の昭和49(1974)年12月、結婚もした。27歳の時だ。最初の2年間は秋田市川尻の借家で暮らし、妻と共働きで少しずつお金をためた。30歳の時に「そろそろ持ち家が欲しいな」ってことになって、同じ秋田市の外旭川に家を建てた。建坪は30坪(約99平方メートル)ほどだけど、土地が100坪(約330平方メートル)あったから広い庭が確保できた。

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