北斗星(8月6日付)

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 被爆して傷つきながらも現存する楽器があり、その一部は演奏されている。広島への原爆投下から75年。体験を語る被爆者の高齢化が進む中、被爆楽器はその記憶を伝える語り部役を担う。そうした楽器を巡る物語や実話が相次ぎ出版された

▼「ラグリマが聞こえる」(汐文社)の主人公は小学5年生の女の子。被爆ギターとの出合いを機に、父の死後は触れることがなかったギターを再び手にする。著者のささぐちともこ(本名・桑田朋子)さん(59)は広島市在住。16年前には秋田市立中央図書館明徳館を支援する団体の童話コンクールで特選を受賞している

▼「ラグリマ」はスペイン語で「涙」を意味するギター曲。「被爆ギターの悲しくも穏やかな音色に思いをはせてもらいたい」との願いから執筆した。被爆体験を語ってくれた母の存在にも後押しされた

▼「明子のピアノ」(中村真人著、岩波ブックレット)は被爆ピアノを巡る家族と保存に関わった人々の実話。19歳だった明子さんは勤労奉仕先で被爆した翌日、両親にみとられながら息を引き取った

▼爆風で傷ついたままだったピアノは15年前に修復。演奏会で奏でられるその音色は人々を魅了し続けている

▼被爆楽器の所有者は多くが故人となった。それでも生前の談話や記録に基づいた出版物が、原爆のため暗転した広島の苦難の歴史を伝えてくれる。活字を通じて被爆楽器のドラマに触れた読者は戦争の罪深さ、平和の尊さを改めて知るのではないか。