時代を語る・北川裕子(33)母の介護34年続ける

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桜の季節に友人と出掛けた母(右)
桜の季節に友人と出掛けた母(右)

 昭和48(1973)年に突然倒れた母の面倒を見るため、東京の会社を辞めて能代市に戻ってから、私の生活の中心には母の介護がありました。腎臓病と診断され、52年ごろから透析になりました。市内の泌尿器科に週3日、母を送迎する生活が始まりました。

 透析を受け始めると徐々に回復し、少しずつ家の中を歩けるようになりました。気力も回復し、再び生きる希望を持った母は、図書館で毎週本を借りたり、俳句を作ったり、友人と出掛けたりと、後悔しない生き方をするためさまざまなことに挑戦するようになったんです。

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(全文 753 文字 / 残り 509 文字)

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