滴:記憶(上) 私は上海で生まれた
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「あなたの生まれた場所は、上海川公路(せんこうろ)瓶慶里(びんけいり)13」
大井恵美子さん(79)=秋田市東通=は、母にそう聞かされて育った。
「しゃんはい、せんこうろ、びんけいり13」。幼い頃から口にしてきたその音は体に染み入り、今でもすらすらと言える。
3歳半まで過ごした上海。その記憶は断片的ながらも、鮮やかに思い浮かぶ。
住んでいたのは赤れんがの壁に囲まれた日本租界(日本人居留地)。片言の日本語を話す中国人の「ねえや」が恵美子さんの世話をした。広場でぶらんこに乗っていたら、日本人の子どもとそのねえやがやって来た。2人のねえやが話す中国語は、とても早口だった―。
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