乗り鉄日和~後三年駅の中心で「後三年の役」を叫ぶ 秋のJR県南編(上)【動画】

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 1995年7月19日早朝、筆者は秋田駅から新庄行きの始発列車に乗り込んだ。前日に秋田魁新報社の入社試験を終え、翌日に行われる某社の2次試験に向けて仙台へ移動するためだった。就職活動に伴う10泊11日の長旅も終盤戦。手持ちのお金はごくわずか(前夜の食事もコンビニのおにぎりとカップラーメン)、節約のため普通列車を乗り継ぐことにしていた。余談だが「青春18きっぷ」がこの日はまだ使えないという事実を、改札口で駅員に告げられて初めて知り、激しく落ち込んでいた(当時の青春18きっぷは1日乗り放題の券が5枚つづりとなっており、金券ショップでばら売りされていた)。

後三年駅の駅名標=10月7日午前9時15分ごろ


 そんな筆者(札幌市出身)のテンションが一気に上がったのは、列車が後三年駅に到着した時だった。「後三年の役」なら知っているけれど、まさか「後三年の駅」なんて駄じゃれみたいな(?)駅名が実在するとは! 秋田って面白いところだなあ、と感激していた。

 25年前に味わった衝撃は、今なお筆者の心に深く刻まれている。仙台で受けた某社の2次試験は不合格となり、縁あって筆者は秋田県民となった。ただ、よくよく考えてみると、教科書にも記載されている「後三年の役」(現在の教科書には「後三年合戦」と書かれているが、その点については後述)について、筆者はしっかりとした知識を持ち合わせていなかった。このままではいけない。10月7日、筆者は後三年駅から歴史に触れる旅へと踏み出した。
(取材・鎌田一也)


 行き当たりばったり、出たとこ勝負なことが多い「乗り鉄日和」だが、今回ばかりは、きちんとした知識を持つ人に案内をお願いしようと、横手市民で組織する「ふきのとうの会」で観光ガイドをしていた小野茂さん(66)と、午前10時に「平安の風わたる公園」で待ち合わせをしていた。後三年駅から公園までは徒歩30分程度。さすがに始発列車では現地で時間を持て余すため、今回は秋田駅を午前8時9分に発車する新庄行きに乗車することにした。

今年8月から開放された秋田駅西口の芝生広場=午前7時53分ごろ

天井の耐震補強工事が進むぽぽろーど=午前7時55分ごろ


 いつも何らかの工事をしていて、いつ完成するのか予想もつかない…。JR横浜駅のことを「日本のサグラダ・ファミリア」とやゆする書き込みがネット上で見受けられる。ただ、いつになったら工事が終わるのか、という点ではJR秋田駅も負けていない。立体駐車場が拡張され、待合室も一新、かつて平面駐車場があった場所には芝生広場が整備され、工事は一段落したように見受けられた。しかし、気がつけば、「ぽぽろーど」天井の耐震補強工事が始まり、通路が狭まっていた。JR秋田支社によると、補強工事が終わるのは2022年の年末ごろ。その頃には、また何かの改修工事が行われているかもしれない。利用者のためになることであれば、工事をためらう必要は一切ないのだけれど。

秋田駅5番ホームで発車を待つ新庄行き=午前8時2分ごろ


 25年前の夏に乗った始発列車は、秋田駅から大曲駅へと進むにつれ登校中の高校生が次々と乗り込み、ごった返していた。今回、午前8時過ぎに出発したこの列車には、さすがに高校生の姿は見当たらず、乗客数もさほど多くなかった。ゆったりとした気分で車窓を楽しむうちに、あっという間に後三年駅に到着した。

無人駅にしては規模が大きい後三年駅=午前9時15分ごろ

後三年駅の駅舎=午前9時26分ごろ


 後三年駅はホームが2本、線路が3本あり、無人駅にしては規模が大きい。かつての奥羽線のにぎわいがしのばれる。以前の駅舎は国鉄でありがちな無機質なものだったようだが、2012年に平安の雰囲気を演出する木造駅舎に建て替えられていた。駅のホームや車窓から見える場所には「平泉への扉を開ける…後三年合戦」などと書かれた大きな看板が設置されており、この先の旅への期待をかき立ててくれている。

後三年駅ホームや車窓から見渡せる看板。後三年合戦ゆかりの地であることをアピールしている=午前9時21分ごろ

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