乗り鉄日和~山と川のある町から花火の町へ 秋のJR県南編(下)【動画】

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 10月7日正午過ぎ、後三年合戦金沢資料館を後にし、近くにある金沢公園へと向かった。金沢公園の中にも後三年合戦ゆかりの場所はたくさんある。


 難攻不落と呼ばれた金沢柵(かねざわのさく)や、戦国時代の山城「金沢城」があったとされる場所。小高い丘の上にあり、全てを歩いてたどるのは少々大変だが、二の丸跡、本丸跡、西の丸跡の間に挟まれた地点までは車で上がることができる。今回はガイドの小野茂さん(66)の車で移動したので、比較的楽ができた。

「納豆発祥の地」碑=午後1時21分ごろ


 駐車場には「納豆発祥の地」の碑がある。後三年合戦の際、源義家が俵に詰めた煮豆を馬の背に乗せて運んだところ、数日後、豆が独特の臭いを発し、糸をひくようになった。食べてみたらおいしかった―というのが納豆の始まりだという。納豆にまつわる伝説は他の地域にもあるようだが、この地の伝説は後三年合戦と結びついているところが興味深い。

二の丸跡へと向かう参道。中尊寺の月見坂に雰囲気が似ているという=午後0時12分ごろ


 駐車場から二の丸跡へと向かう途中、参道は二手に分かれている。どちらに行っても二の丸跡にある金沢八幡宮にたどり着けるが、小野さんの勧めで左側を進んだ。この参道は平泉にある中尊寺の月見坂に雰囲気が似ている(月見坂の方が道幅が広い)のだという。金沢八幡宮は、後三年合戦後、義家が藤原清衡に命じて創建したとされる。小野さんは「清衡は、金沢八幡宮創建の経験を、中尊寺を建てる時にも生かしたのではないか」と話していた。

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 この原稿ではさらに

・馬の筋肉美
・昭和天皇も眺めた絶景
・石坂洋次郎の魅力を知る
・大曲駅らしい光の演出
・ハピネッツに染まるカレー屋さん

 について取り上げております。

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