イザベラ・バードの足跡をたどる:プロローグ 時空超え、旅する2人

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旧羽州街道沿いの松並木を歩く島田さん(右)と平野さん=10月7日、能代市桧山

 今からちょうど140年前、英国で2冊の本が出版された。タイトルは「Unbeaten Tracks in Japan」(日本の未踏の地)。後に邦訳され、「日本奥地紀行」として刊行された旅行記だ。執筆した英国人紀行家イザベラ・バード(1831~1904年)は、1878(明治11)年6月から7カ月にわたって日本を旅し、秋田など藩政時代の姿をとどめる地方の様子をこの本に記録した。その秋田における足跡を、日本を代表する作家の島田雅彦さん(59)と平野啓一郎さん(45)がたどった。彼女の功績に新たな光を当てるのが目的だ。バードが訪れた当時の面影を探す島田さん、平野さんの目に、現代の秋田はどう映ったのだろう。140年の時空を超え、2人と旅をともにした。

イザベラ・バード(日光金谷ホテル提供)

 1831年、英国ヨークシャーで牧師の二人娘の長女として誕生。幼い頃から病弱で、医師に転地療養を勧められたのをきっかけに旅に出るようになる。20代での北米大陸に始まり、豪州、ハワイを訪れて旅行記としてまとめ、人気旅行作家に。78年に初来日。7カ月にわたって関東、東北、北海道、関西を旅行した。80年、後に「日本奥地紀行」のタイトルで日本でも刊行される「Unbeaten Tracks in Japan」を出版する。その後もチベットやペルシャ、中国、朝鮮半島を旅し、旅行記を発表。82年女性初の英王立地理学協会特別会員に選出。1904年、エディンバラで死去、72歳。


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 イザベラ・バードが日本を訪れたのは、明治維新からわずか10年後。旅を通して日本の現状を記録し、旅行記としてまとめるのが目的だった。

 当時の日本は、外国人が立ち入れる地域を制限していたが、女性紀行家として英国で名声が高かったバードは、英国公使館の全面支援を受け、ほぼ自由に内地を通行できる旅行免状を手にしていた。

 1878年6月10日、バードは東京からアイヌが暮らす北海道に向けて出発する。埼玉、栃木、福島、新潟、山形を経由し、雄勝峠を越えて院内(湯沢市)に着いたのは7月18日。時に危険な目に遭いながら、羽州街道沿いに湯沢、横手、六郷、秋田、桧山、二ツ井、大館と北上し、同31日に矢立峠を越えて青森に入った。

 本県に滞在した14日間、バードは六郷で行われた商人の葬儀や、文明開化の波が押し寄せる旧城下町の久保田(秋田市)の様子、当時の庶民の暮らしぶりなどを詳細に記録。明治初期の秋田を知る上で貴重な資料とされている。

 その足跡をたどろうと、作家の島田さんと平野さんが本県を訪れたのは10月5日。院内を出発点に、時に寄り道をしながら、3日間かけて矢立峠まで北上した。

 旅の途中、2人が話題にしたのは、観光地とは対照的なありふれた道にも、歴史の積み重ねがあるということだった。2人は「多くの県民は、この道をバードが通ったことを知らないだろう。秋田の人たちが自分の足元の歴史とバードの功績に目を向けるきっかけにしたい」と話した。

 「新あきた紀行」は毎週土曜日に掲載。21日付から3回にわたり、2人と行動を共にした記者が同行ルポを執筆。12月12日付からは島田さんと平野さんが交互に3回ずつ寄稿する(1月2日付は休載)。1月1日付の新年号は2人の特別対談、最終回の1月30日付はグラフ特集を掲載する。

 ※新型コロナウイルス感染防止のため、撮影時以外はマスクを着用しました。

島田雅彦(しまだ・まさひこ)

 1961年東京都生まれ。83年、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科在学中に「優しいサヨクのための嬉遊曲」でデビューし注目される。主な作品に「夢遊王国のための音楽」(野間文芸新人賞)、「彼岸先生」(泉鏡花文学賞)、「退廃姉妹」(伊藤整文学賞)、「カオスの娘―シャーマン探偵ナルコ」(芸術選奨文部科学大臣賞)、「虚人の星」(毎日出版文化賞)、「君が異端だった頃」(読売文学賞)、「スノードロップ」などがある。現在、芥川賞選考委員、法政大学国際文化学部教授。



平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

 1975年愛知県生まれ。北九州市出身。99年、京都大学法学部在学中に投稿した「日蝕」により芥川賞受賞。2020年からは同賞の選考委員を務める。主な作品に「葬送」、「滴り落ちる時計たちの波紋」、「決壊」(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、「ドーン」(ドゥマゴ文学賞)、「かたちだけの愛」、「空白を満たしなさい」、「透明な迷宮」、「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)、「ある男」(読売文学賞)などがある。



【日本奥地紀行】
 原題の直訳は「日本の未踏の地―蝦夷の先住民、日光、伊勢訪問を含む内地旅行の報告」。1880年にジョン・マレー社から出版され、英国で絶賛される。85年に関西部分などを削除した簡略版が出された。日本では1973年、この簡略版を高梨健吉翻訳によって「日本奥地紀行」として出版。84年には、民俗学者の宮本常一による解説書が出版され、その資料的価値にあらためて光が当たった。近年は完全版に基づく「完訳日本奥地紀行」(金坂清則訳注)がある。

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