北斗星(11月21日付)

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 血友病で寝たきりの生活を続けながら「菅江真澄全集」刊行など不朽の業績を残した。その内田武志(鹿角市出身)が亡くなってから今年で40年。秋田市の県立博物館で新資料を集めた企画展が開かれている

▼会場の一角に、盲導犬と並んでほほ笑む女性の写真があった。豊口(旧姓須藤)春代さんである。鹿角市で鍼灸(しんきゅう)マッサージ業を営んでいたが、4年前に82歳で亡くなっていた

▼内田には「空白の10年」とも呼べる時期があった。1954年に主著の一つを刊行すると、真澄を忘れてしまったかのように論文を書かなくなる。きっかけとなったのが、当時盲学校生だった豊口さんとの出会いだったという

▼40代の内田は病床を訪れた豊口さんの詩才に着目。献身的に詩作を指導した。そこから生まれた詩集「春のだいち」は、病床の研究者と盲目の少女による共同作業として反響を呼んだ。この頃から、内田は妹ハチと共に障害者教育の改革を訴える文筆活動に没頭する

▼主張は時に激しく、豊口さんの肉親や教師も容赦しなかった。詩作に協力的ではなかった盲学校の方針もあってか、2人の関係はぎくしゃくし始める。豊口さんは詩作をやめ、改革も挫折した

▼差別と偏見がまだ根強かった時代。「盲人のあり方をみなで考え合う必要があるのでは」と述べた内田は時代の先を行っていた。障害のある人もない人も共に生き生きと暮らすことができる社会の実現に向けて、徹底的に考え抜いた理想家でもあった。

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