阿部雅龍:白装束で瀬戸内を駆ける~延期になった南極冒険~

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阿部雅龍コラム 冒険と人力車の日々(28)

10月下旬。瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島(広島・愛媛県)で最大の橋である来島海峡大橋。海の碧(あお)を映したような雲ひとつない空。海上であるにも関わらず、乾いた風が橋を駆け抜ける。実に瀬戸内海らしい。

真っ白な来島海峡大橋を、白装束の男が真っ白なリアカーを引いて駆け抜ける。目的地は岡山駅。リアカーにつけたノボリがたなびく。気分は鬼征伐に行く吉備津彦(きびつひこ=桃太郎のモチーフとされる古代の皇族)だ。今回は2週間の旅。トレーニングを兼ねて、高松からしまなみ海道経由で岡山までリアカーを引く。南極でソリを引いて歩く代わりに。

この時期、僕はチリにいるはずだった。白瀬中尉の足跡を延ばし、南極点へ到達する冒険のためだ。南極行きのチャーター機はチリから飛ぶ。チャーター会社から、今年の南極行きの飛行機は全てキャンセルになると告げられたのは9月5日のことだった。どんな状況であろうとも南極に行けるようにと準備を進めて来たが、飛行機が飛ばないことにはどうにもならない。冒険家だけでなく、南極ツアーの観光客を含めた全員のフライトが来年に延期になる。国家から派遣される観測隊などを除き、民間人が飛行機で南極入りできる時期は限られており、延期となれば丸一年待たねばならない。

仮に南極行きの飛行機が飛ぶとしても、日本からアメリカを経由してチリに入るため、現下の状況では足止めや隔離などの懸念もあった。昭和基地に向かう南極観測隊員たちも今年は異例の行程となるそうだ。通常、南極観測船しらせは日本を出航し、オーストラリアに寄港して物資の補給を行うが、今年はダイレクトに南極へ向かう。

こうなってしまった原因は、もちろんコロナウイルスにある。コロナは冒険の世界にも大きな影響を与えた。延期となったチャーター価格が据え置きになったのはありがたい。南極への旅費は毎年5%ほど値上がりする傾向にある。元が高額なだけにこの5%は大きい。

チャーター会社は、南極にある民間のベースキャンプも運営している。3カ月ほどのツアーシーズンの間、常駐するスタッフは100人以上いる。スタッフたちは辺境の地に住み込みで働き、1年分の生活費を稼いでいたはずだ。欧米人や南米人は貯蓄をするという文化があまりなく、宵越しの銭は持たないという江戸っ子のような気質を持つ。去年、ベースキャンプで出会った彼らの生活は大丈夫だろうか。

講演会を主な収入源にしていた僕にとっても生き抜くのが大変な年だ。個人事業主として使える制度は全部使ってお金のロスを最小限にした。それでもトレーニングを兼ねた旅はしなければならない。風通しの良い、徒歩の旅ならコロナの懸念はごく少ないと思い、年内だけで約120日間、自然の中を歩いた。旅の資金はSNSを通じて支援を募り、協力してくれた人には旅先からお土産やハガキを送った。四国お遍路八十八カ所、熊野古道、三陸海岸みちのく潮風トレイル、そして今回のリアカー徒歩。合わせて3千キロ以上は歩いただろう。

期せずして南極が延期になったしまった。人生を賭けて取り組んできた仕事の延期は、かなりのショックだ。でも家で机に突っ伏していては絶望に負けてしまう。打ちのめされそうな時ほど行動するのだ。ジッとしていても何も変わらないのだから。

南極延期が決まった直後、僕は冒険のスケジュールを書き直した。来年に延びたなら、来年必ず達成できる道筋を描き出し、押し通らなければならない。世間の声や世界の流れは関係あるけど関係ない。来年、コロナがどうなっているかは分からないが、行けると信じて最善を尽くすだけだ。

いろんなスタイルで地球上を歩いてきたが、リアカーを引いての旅は僕にとって新たな挑戦だ。荷物を積んだ約50キロのリアカーを引いて、汗をかいて走る。走っているうちに雑念や悩みが霧散していく。人生はシンプルに行くほうが楽しい。少し愚かなくらいが丁度いい。実現できるまで何度でもスケジュールを書き直すだけだ。

阿部雅龍さんの連載コラムです

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