戦禍の記憶:学校生活 通学路で託された手紙

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 兵士の訓練の様子や、「勉強どころではなかった」という学校生活。空襲に遭い、防空壕(ごう)の入り口のすぐそばに落ちてきた爆弾―。秋田市飯島の奥山キヨミさん(94)は、戦中の出来事を今でも鮮明に覚えている。「これまで誰にも、話したことがなかった」と言う奥山さんに、当時の体験を語ってもらった。

 ◇  ◇

 戦争が始まった1941(昭和16)年、千秋公園の近くの家政女学校(現在の国学館高校)に入学しました。自宅は秋田市の泉と濁川の間くらいにあって、学校の行き帰りは歩兵第17連隊の練兵場(現在の秋田大学手形キャンパスグラウンド一帯)のすぐ近くを通っていました。

 訓練の様子がよく見えて、地面に寝そべって機関銃を構えている兵隊さんが、上官から踏んづけられていたりしてね。何でこういうふうにして訓練しないといけないのかなあ、と思っていましたよ。

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