イザベラ・バードの足跡をたどる:島田雅彦(1)遥か遠い過去、身近に

有料会員向け記事
お気に入りに登録

院内銀山跡地に佇む島田さん

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」というあまりにも有名な川端の『雪国』の書き出しはこれまで無数の人々の感傷を誘ったはずだが、トンネルがなかった頃の国境越えにはそんな感傷に浸る余裕などなかっただろう。

 無人の院内駅に佇(たたず)み、南側の山を眺めながら、イザベラ・バードはあの山を越えて山形から秋田に入ったのだなと思った。山越え、峠越えに苦労してきた先祖たちにとって、行程のショートカットは悲願でもあり、その悲願がトンネルの掘削技術の磨き上げに結実したのだろう。実際、日本はトンネル帝国である。世界の何処にこれほど多くのトンネルを有する国があろうか? トンネルを抜ける時、誰しも別世界へのワープをイメージする。現代の日本人の無意識にはこの感覚が刷り込まれているに違いない。先が見えない暗闇を通過し、突然明るい視界が広がる時の軽い高揚感を旅の道中で何度も経験するが、明治の頃の日本、江戸時代の日本の旅を追体験しようと思ったら、全国各地のトンネルを塞(ふさ)がなければならない。

※この記事は「有料会員向け記事」です。有料会員(新聞併読、電子版単独、ウェブコースM、ウェブコースL)への登録が必要です。
(全文 2229 文字 / 残り 1787 文字)

秋田の最新ニュース