栄光と苦悩(2)黄金期 「優勝のため」基本徹底

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1985年1月の決勝を制し、14回目の優勝を喜ぶ秋田工の選手=大阪・花園ラグビー場
1985年1月の決勝を制し、14回目の優勝を喜ぶ秋田工の選手=大阪・花園ラグビー場

 1934年に初優勝した秋田工は、常勝軍団への足場をじわじわ固めた。38年に2度目の制覇を果たすと、3度目の栄冠をつかんだ48年からは3連覇するなど10年間で優勝7回、準優勝2回の黄金期を迎えた。

 全国の常連となってラグビー部の人気が一段と高まり、運動能力の高い選手が集まるようになった。OBで早大FWの主力だった佐藤忠男氏が50年代前半、監督に就任。もともと猛練習で鍛え上げられたチームに、「揺さぶり」など洗練された戦術が注入され、強さに磨きがかかった。全国に散らばるOB層も厚くなり、指導のサポートや情報収集で大きな役割を果たした。

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連載企画:県勢・栄光と苦悩 全国高校ラグビー100回

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