時代を語る・柳田英明(3)遊び通し体力づくり

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木造の一日市小校舎を背に同級生らと(後列右から4人目)=昭和33年ごろ
木造の一日市小校舎を背に同級生らと(後列右から4人目)=昭和33年ごろ

 子供時分は、よく家や酒店の手伝いをさせられました。生活用水の水くみもその一つ。近くを流れる馬場目川の水はとても澄んでいて、そこからくんでくるんです。家では大きな「かめ」に入れて蓄えていました。夏は水くみのついでに水遊び。冬は氷を割ってくむのですが、分厚く張った氷の上でスケート遊びをするのが楽しみでした。

 〈八郎潟町史によると、合併前の一日市町に簡易水道が通ったのは昭和30(1955)年暮れ。翌31年には一日市全域に通水。以後、川からの水くみは徐々になくなっていった〉

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