北斗星(2月20日付)

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 先生にはあだ名があった。例えば「まま粒」。頭や顔の形が炊きたてのご飯粒のようでかわいらしい。親しみを込めてそう呼んでいた。昭和の後半、県南の高校の話だ

▼「〇〇パト」というのもあった。〇〇に先生の名が入る。パトはパトカーのことだったのか。登下校時、男子は制帽着用が原則だった気がする。先生は車で学校周辺を巡回。「△△君、帽子をかぶりなさい」と拡声器で呼び掛けていた

▼そうまでして指導していた姿を思い出すたび噴き出す。ただ、その情熱に脱帽する。不思議と嫌な思い出になっていない。厳しさの半面、生徒への愛情が底流に感じられたからか

▼現代の中国では先生にあだ名を付けるのを校則で禁じている所があるらしい。「〇〇パト」も違反となりかねない。日本の校則に戻ると先日、一つの判決が下された。生まれつき茶色の髪を黒く染めるよう強要され、不登校になったと大阪の元女子高生が府を訴えていた

▼判決は学校の指導に違法性なしとした。問題なのは地毛が茶色かどうか肝心の判断を避けた点だ。髪の根元が黒いのを学校側は直接見て確認していた―と一方的に認めたのもすっきりしない

▼社会と同様、学校にも一定の規則は必要だろう。おかしいのは、前髪の長さや下着の色までこまごまと決めた校則が各地にあることだ。さほど説明もせず、子供に押し付けてはいないか。一人一人の個性を重んずるこの時代、何のため、誰のための校則かとの疑問は消えない。

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