社説:福島原発訴訟判決 国の規制、検証する機に

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 東京電力福島第1原発事故の避難者による集団訴訟で、東京高裁が国の法的責任を認めた。控訴審判決として国に損害賠償を命じたのは、昨年9月の仙台高裁に続き2件目だ。

 一審の千葉地裁は東電の賠償責任しか認めていなかった。東京高裁はその判断を変更。東電に対し国が規制権限を行使しなかった点にまで踏み込み、不行使を「違法」と断定した。

 訴えていたのは福島県から千葉県に避難した住民ら43人。判決は国と東電に計約2億7800万円の損害賠償を命じた。

 来月には東日本大震災から10年の節目を迎える。今日なお厳しい生活を送っている避難者にとって、勇気づけられる判決となったのではないだろうか。

 避難者らが国と東電を相手取った集団訴訟は全国で30件。高裁判決は今回で3件となり、国の責任を認めたのが2件、否定したのは1件。2件は、政府機関が2002年に公表した地震予測を「科学的信頼性のある知見」などと評価した結果だ。

 予測は「長期評価」と呼ばれる。三陸沖北部から房総沖で過去400年にマグニチュード(M)8クラスの大地震が3回発生、133年に1回の割合で同様の地震が領域内のどこでも起こる可能性がある―と指摘。東北太平洋沿岸への大津波襲来を警告していた。

 東京高裁は、国はこの予測に基づき、原発敷地の高さを超える津波が到来する危険性を認識できたと判断。国が規制権限を行使し、東電が対策を講じていれば全電源喪失には至らなかったなどと結論した。

 科学的に危険性があると疑われた段階で、国は積極的に規制に乗り出すべきだ―との考えを打ち出した判決と評価できる。原発はひとたび過酷事故を起こせば放射性物質を広範囲に拡散、人々は古里を奪われるなど甚大な被害を及ぼす。安全性の最優先は住民側に立ったあるべき規制の姿だろう。

 震災10年が近づく中、この判決は重い意味を持つ。それはなぜか。原発事故で崩壊したはずの「安全神話」に日本が再び、とらわれているとの指摘があるからだ。

 民間有識者の検証委員会が事故後の状況を調査した報告書を作成。政府が「世界一厳しい」とうたう規制を導入したことで「もう事故は起こらない」と社会が思考停止に陥ったと結論、原子力行政に再考を促した。

 そこで考えるべきは安全審査や事故対応を担う原子力規制庁の役割だ。原発事故の翌年、経済産業省から安全規制部門を分離させるなどして発足した。

 若手職員が増えるなどして事故の記憶が風化する中、緊急時に備えた訓練は十分に積んでいるのか。最新の知識や技術を取り入れ、二度と事故を起こさない検査体制を構築できているのか。今回の判決を機に、規制の在り方を改めて検証しなければならない。

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