時代を語る・柳田英明(8)聖火リレーの走者に

有料会員向け記事
お気に入りに登録
※写真クリックで拡大表示します
秋田駅からインターハイのある兵庫へ出発(中央)=昭和39年7月
秋田駅からインターハイのある兵庫へ出発(中央)=昭和39年7月

 新潟国体の相手選手(新潟県代表)は学年が一つ上で、中央大に進んでいました。1年遅れて私が明治大に進学。レスリングの大会で顔を合わせる機会が増えました。何回目に会った時だったかなあ、こう打ち明けてきたんです。「おまえには悪いことをした。負けた試合を地元の利で勝たせてもらった」

 国体では大抵、開催都道府県が天皇杯や皇后杯の得点稼ぎに躍起になります。新潟国体でもそうだったのではないか、とにおわせてきたと受け止めました。確証があったわけではありせん。もしかしたら違うのかもしれません。

※この記事は「有料会員向け記事」です。有料会員(新聞併読、電子版単独、ウェブコースM、ウェブコースL)への登録が必要です。
(全文 752 文字 / 残り 511 文字)

この連載企画の記事一覧

同じジャンルのニュース