秋田へ全町民避難、一時計画 原発から50キロの福島県新地町

会員向け記事
お気に入りに登録

 2011年3月、東京電力福島第1原発事故を受けて、福島県新地(しんち)町の全町民約8千人の避難を秋田県が受け入れる計画が練られていたことが、関係者の話から分かった。避難指示が出なかったため実施には至らなかったが、当時の町長は「受け入れの確約をもらい本当にありがたかった」と今も感謝している。

 福島第1原発は11年3月12日に1号機、14日に3号機が水素爆発し、原発から20キロ圏内に避難指示、20~30キロ圏内に屋内退避指示が出た。当時新地町長だった加藤憲郎さん(74)によると、新地町に近い南相馬市で住民が避難を始め、町内でも防護服を着た県職員が放射線量の測定を始めると、町民から「自分たちは大丈夫なのか」と不安の声が上がるようになったという。

 新地町は原発から約50キロ離れている。町内の放射線量は避難が必要な水準にはならなかったが、「風向きなどによって変わる可能性があり、町にも避難指示が出たらどうしようかと考えていた」と加藤さん。隣県の山形、新潟は福島からの避難者で混み合うと考え、原発から遠く、より安全な秋田への避難を考えた。3月19日、避難指示が出た場合の受け入れを秋田県に電話で要請。堀井啓一副知事は「いつでも秋田県でお受けします」「町民を迎えるためのバスも出します」と応じた。

※この記事は「会員向け記事」です。電子版への登録が必要です。
(全文 1067 文字 / 残り 520 文字)

震災から10年、それぞれの軌跡を紹介する