時代を語る・駒場ハツヱ(8)父が復員、秋田に移る

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復員して秋田に移った頃の父・勤治
復員して秋田に移った頃の父・勤治

 太平洋戦争のさなか、母と2人で何度か山口と秋田を汽車で往復。広島に原爆が投下された昭和20(1945)年8月6日の1週間ほど前、山口に戻りました。

 原爆の影響はなかったのですが、頭に焼き付いて離れない場面があります。数日後、ぼろぼろの服を着て髪も乱れた人たちが、私の家の前を歩いていったのです。100キロほど離れた広島から逃げてきたのでしょう。黙って見ていると、1人の方から「まだまだ歩かなくてはいけない。水をくれませんか」と頼まれ、差し上げました。やっとの思いでここまで来たのでしょう。戦争のすさまじさを肌で感じ、言葉になりませんでした。

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