時代を語る・大里祐一(1)父の背を見て医師に

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大里医院の診察室で
大里医院の診察室で

 医師で元県議会議長の大里祐一さん(85)に来し方を語ってもらいます。

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 祖父の大里文五郎が明治24(1891)年に花輪町(現鹿角市花輪)に医院を開業してから、医者は私で3代目になります。昭和47(1972)年に勤務医を辞して帰郷し、父・文祐の診療所を継ぎました。以来ほぼ半世紀、外来のほか訪問診療を続けています。

 なぜ医者になったのかと聞かれると答えに困ってしまいますが、小さい頃から父の仕事を見ていたからなんでしょうね。当時の診療所は「しもた屋」で、玄関を開けると待合室があり、そこのふすまを開けると自宅の居間だったと、そういう所でやっていたんです。

 私はまだ小学生でしたが、2学年上の姉か私が薬の調合をやらされました。「重曹1グラム」「ノルモザン0・8グラム」なんて指示があって、それをはかりで量って薬包紙に包んでね。今みたいに錠剤がある時代じゃなくて粉だもの。そういう生活になじんでたんじゃないかなあ。外来診て、往診して、いわゆる町医者の生活ってことなんでしょうね。

 新型コロナウイルスの影響で、患者さんは来なくなりましたよ。何割減だろう。前月比で増えているのはやっとここ数カ月のことで、前年比はずっと落ち込んだままです。

 外来に来る患者さんはみんなマスクを掛けて来ますが、中には医療機関に来る時だけマスクをするという人がいて、「病院でうつるんだすべ」と。感染症の実態がなかなか伝わっていないんですね。ウイルスは手からうつるので、小まめな手洗いが大事です。

 それと、皆さんに言っているのは「マスクを外したときは、思いっ切り息を吐きなさい」ということです。マスクをしていると呼吸がはかはか浅くなるんですよ。思いっ切り吐くと自然に空気が入るんです。

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