時代を語る・大里祐一(10)「死体は最大の教師」

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昭和30年代の東北大学医学部付属病院(東北大学史料館提供)
昭和30年代の東北大学医学部付属病院(東北大学史料館提供)

 病理学教室にいる間は、来る日も来る日も病理解剖を行っていました。検査や手術で採取した組織標本を見て悪性かどうかなどと診断するのも病理の仕事ですが、私は解剖をやりたかったんですね。

 大学病院からほかの病院に出張することもありました。それも合わせると、当時は東北大学だけで年間400体以上病理解剖をしていました。内科医は普段は手術で体を開くことはありません。だから、遺族の了解を得て診せてもらえるというのは非常に勉強になったし、ありがたかったですね。

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