時代を語る・藤井けい子(16)怖くなり、和裁やめる

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長年使っている和裁道具
長年使っている和裁道具

 高校を卒業してから始めた和裁は、昭和47(1972)年に結婚してからも続けていました。嫁ぐ時、「二足のわらじを履け」と母ミキ子から言われたからです。晩のおかず代と子どもの小遣いぐらいでいいから、自分で使える金を稼ぐようにという意味です。

 「夏は百姓、冬は和裁」という生活が始まりました。独身時代と同じように、角館にある呉服店の仕事を引き受けていました。1日に1着、多い時は一冬で60着ぐらいは作っていたと思います。数をこなせば要領を覚え、仕事が速くなります。技術が上がってきているのを実感できました。頼まれる仕事の量も増えてきて、夜になっても仕立てていました。

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