時代を語る・藤井けい子(17)忘れられぬ鳥取砂丘

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旅行で訪れた鳥取砂丘を歩く=平成6年
旅行で訪れた鳥取砂丘を歩く=平成6年

 私が家計を預かった昭和55(1980)年、夫の直市から「四国の人は42歳の厄年を盛大に祝うそうだ。俺も何かやりたいから金ためておけ」と言われました。東京の出稼ぎ先で四国の話を聞いたようです。最初は余裕なんてなかったけれど、バブルの好景気で出稼ぎの給料が上がったこともあり、少しずつ貯金に回すようになりました。

 数え42の平成3(1991)年になっても、夫はやりたいことが見つからず、使い道も決まりません。ですから2、3年たっても貯金は手付かず。「通帳に入れておいても仕方がない。ええい、使っちゃえ」と夫婦で決めました。

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