北斗星(7月22日付)

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 私たちの試作品に「オーケー」が出たのは1964年東京五輪の開幕目前。8回もやりとりした末のことだった―。アイルランド国旗を作った際の苦労話を秋田市出身の吹浦忠正さん(80)=東京都=から昨年、聞いた。大会組織委員会で国旗担当の専門職員を務めていた

▼競技会場などで掲げる100カ国超の国旗を試作して各国に送り、承認を得る重要な仕事。緑と白、オレンジ3色のアイルランド国旗は何度作っても答えはノーだった。「この緑ではない」「緑は私たちの誇り」。そんな回答が続いた

▼アイルランドは長く英国の支配下にあったため、英国旗にない緑への強いこだわりがあったという。承認を得た時は喜びが込み上げた。「国旗は奥が深い。その国の歴史や文化、誇りや苦悩が詰まっている」と語ったのが印象的だった

▼2度目の東京五輪があす開幕する。吹浦さんは組織委国際局アドバイザーとして各国の国旗制作を指導。札幌、長野を含め運営に携わるのは4度目だ

▼全国で国旗に関する講演もしている。先日は母校の秋田大付属中学校の生徒にオンラインで実施。各国のさまざまな思いが国旗に込められていることを説明し、五輪の舞台裏では正しい国旗をきちんと掲揚できるように関係者が奔走していることを紹介した

▼五輪は世界の国々と地域を認め合い、多様性を尊重し合う機会でもある。選手だけでなく懸命に大会を支える吹浦さんらの姿から、子どもたちが学べることは多いだろう。

世界の国旗の専門家・吹浦忠正さんにインタビューしました

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