57年前宣誓・小野喬さん、五輪「とにかく成功だけを祈る」

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 1964年10月10日、東京大会の開会式は雲一つない晴天の下で行われた。選手宣誓の大役を務めたのは、体操選手として日本選手団主将を務めた秋田県能代市出身の小野喬さん(89)=東京都大田区。開催に反対の声が渦巻く2度目の東京大会について「とにかく成功裏に終わることだけを心から祈っている」と話した。

聖火の点火セレモニーに登場し、トーチを掲げる小野さん=9日、東京都町田市

 新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪が1年延期されている間、体操選手として共にローマ、東京大会に出場し、長年連れ添った妻清子さん(元参院議員、秋田市出身)を亡くした。清子さんは2度目の東京大会と、喬さんがランナーを務める聖火リレーを楽しみにしていた。

 今月9日、東京都での点火セレモニーに登場した小野さんは「五輪はスポーツマンにとって非常に重要な大会で、世界中の選手たちが最高の力を発揮する舞台。コロナ禍の困難を、ぜひとも喜びに変えてもらいたい」と開催の意義を語った。

 57年前の大役は、開会式の1カ月ほど前に決まった。群馬県内での合宿中、監督から「主将就任と選手宣誓に指名された」と伝えられた。当時33歳。52年のヘルシンキを皮切りに56年メルボルン、60年ローマと3大会で金銀銅のメダルを4個ずつ獲得し、種目別の鉄棒では2連覇。その強さから「鬼に金棒、小野に鉄棒」とうたわれた。

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