旅と移動・世界×文化(3)自転車とフランス映画の百年物語(辻野稔哉)

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ツール・ド・フランスの最終ステージでパリのシャンゼリゼ通りを走る選手たち(2020年9月、ゲッティ=共同)
ツール・ド・フランスの最終ステージでパリのシャンゼリゼ通りを走る選手たち(2020年9月、ゲッティ=共同)

 スクリーン投影式の世界最初の映画と言われるリュミエール兄弟の『工場の出口』(1895年)にはいくつかのヴァージョンが存在している。そのいずれにも現れる乗り物が自転車である。工場から出て来る従業員たちの数人が、自転車に乗って画面の外へ走り去る。映画においてスクリーンに最初に写った乗り物がまさに自転車であった。

 もちろん、自転車の原型はもっと古くから存在していたが、19世紀も末になってようやくゴム製タイヤが実用化され、一般に普及するとともに、自転車ロードレースがブームとなる。フランス菓子に名を残す「パリ=ブレスト」間のレースが始まったのは1891年。リュミエール兄弟も、1896年にはリヨン=ジュネーブ間レースのスタート風景を映画に記録している。つまり、映画と自転車ロードレースは、ほぼ同時期に誕生したと言ってもよい。

 世紀が変わって1903年にスポーツ新聞のロト紙(現レキップ紙)が開催したツール・ド・フランスは、やがて世界最大の自転車レースとなる。今や夏のヴァカンスシーズンの風物詩であり、毎年ルートを変えつつフランス各地を巡るレースは、自転車による3週間の、まさに「旅」と言えるだろう。

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 映画の誕生以来、今日に至るまで、自転車は数知れぬ作品の被写体となるが、フランス映画で言えば、やはりジャック・タチの『のんき大将(原題はJour de ete「祭りの日」)』(1949年)を忘れるわけにはいかない。移動遊園のトレーラーが時代から取り残されたような田舎の村に到着し、ユーモラスな祭りの一日が始まる。第2次大戦後の映画であるにもかかわらず、サイレントのスラップスティック映画の雰囲気をたたえるタチならではの佳品である。

 主人公の郵便配達人フランソワは、クラシックな自転車に乗って颯爽(さっそう)と登場するが、何かと剽軽(ひょうきん)な男で、皆にからかわれている。映画の中盤、彼は祭りのアトラクションの「映画」を見て驚く。その映画内映画は、なぜかアメリカの郵便配達人たちについての紹介映画で、眉唾物(まゆつばもの)ながら、ヘリコプターやオートバイを駆使して大量に迅速に郵便物を届ける彼らは英雄的でさえあった。ショックを受けたフランソワは、ひたすら素早く自転車を走らせることで対抗しようとする。終盤はドンキホーテ的とも形容される彼の疾走劇が展開される。そこには終戦直後のフランス社会が抱えていたアメリカへのコンプレックスとともに、ヘリやバイクという先進テクノロジーと突然対比されることになった人力駆動のこの乗り物への親愛の情が示されている。

 この映画、実は黒白とカラー2種類のフィルムで撮影されていたが、カラー版は技術的な問題からお蔵入りとなっていた。後年修復が施され、現在では当時の監督の意図をくんでカラー版(『新のんき大将』)が主に流通している。その公開は1995年、すなわち映画生誕100年の年であった。もとより、自転車をめぐる映画が、再び映画史の節目を飾ったのは偶然ではない。

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 そしてまた新たな世紀に入り、タチを敬愛するシルヴァン・ショメが、自転車と映画の交錯を見事に表現したアニメーション作品が『ベルヴィル・ランデブー』(2003年)である。極端にデフォルメされた画風が特徴で、やはり戦後のフランスと架空の都市ベルヴィルを舞台としている。自転車レースに憧れつつ祖母と暮らす一人の少年が、やがてツール・ド・フランスへの出場を果たすが、物語は思わぬ方向へと展開していく。

 自転車と映画とテレビ、そしてスクリーン投影式の映像の、時間と空間を越えた驚くべき並走ぶりに魅せられる映画である。この21世紀に、こうした思いもよらぬ映画が作られたことを考える時、フランスにおける「自転車」と「映画」の、まだまだ続く長い旅を想(おも)わずにはいられない。

【つじの・としや】1963年長崎県高島町生まれ。秋田大学教育文化学部准教授(フランス文学・文化)。論文に「ルネ・クレールとスクリューボール・コメディ」、「複言語・複文化主義および表象文化論的立場から見るセドリック・クラピッシュの三部作」、「アポリネールの散文作品における「映画と蓄音機」をめぐって」など。

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