北斗星(8月15日付)

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 長崎市の神社に「一本柱鳥居」が残っている。爆風で片方の石柱を失い、1本だけで立つ原爆遺跡だ。原爆に関するテレビ番組でジャーナリスト池上彰さんが紹介していた。池上さんが着目したのは柱に彫られた文字。熱線にさらされた面の文字だけが消えてしまっていた。原爆の脅威に背筋が凍る思いがした

▼土崎空襲の生々しい痕跡を目にした時も、似た怖さを感じた。秋田市土崎みなと歴史伝承館にある「被爆倉庫」の一部。コンクリートの柱は火炎で溶け、凹凸だらけの異様な形状だった。爆撃のすさまじさに息をのむ

▼土崎が「国内最後の空襲」に遭ったのは76年前の8月14日深夜から15日未明にかけて。約1万2千発の爆弾が投下され、250人以上が犠牲になったとされる。まだ黒煙が噴き上がるさなかに「玉音放送」が流れた

▼生きながらえた元陸軍兵から当時の話を聞いたことがある。「泥まみれの少年の亡きがら、人の胴体、片腕…。そんなのをいっぱい見た。早く戦争に負けて終わらせた方がいいと思った」と声を震わせた姿が忘れられない

▼出撃直前、米軍は日本の降伏が近いと予想し、爆撃開始前に作戦を止めるための暗号を用意していた。だが暗号が発せられることはなかった

▼もう少し降伏が早ければ―。戦後何十年を経ても、多くの人が消えることのないやりきれなさを抱えている。終戦記念日のきょう、その胸の痛みを誰もが共有し、改めて強く誓わねば。二度と戦争は繰り返さぬと。

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