旅と移動・世界×文化(7)追放、ホームレス、コスモポリタン(小倉拓也)

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東京五輪の開会式で入場行進する難民選手団
東京五輪の開会式で入場行進する難民選手団

 「コスモポリタン」という言葉がある。国や地域にとらわれることなく、世界的視野で活動するひとを指す言葉で、しばしば「世界市民」や「地球市民」などと訳される。グローバル化が進展し、ひとやものの移動が活発になるとともに、環境問題など、国境を越える課題に誰もが当たり前に直面せざるをえなくなったいま、この言葉は特別なものではなくなり、むしろ時代遅れなものになりつつある。

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 しかし、この言葉の由来は、案外知られていないかもしれない。諸説はあるが、コスモポリタンという言葉は、古代の哲学者であるディオゲネスに帰される。ディオゲネスは、現在のトルコ北部に当たる黒海沿岸の都市国家シノペで、父と両替商をしていたが、貨幣改鋳の罪で追放された。社会で流通する価値の基準を変えたという象徴的な行為によって、ディオゲネスは故国を追われ、文字どおりのホームレスとなったのである。

 ディオゲネスは、たどり着いたギリシアのアテナイでもホームレス生活を続けた。彼は、みずからを「祖国を奪われ、国もなく、家もない者。日々の糧をもの乞いして、さすらい歩く人間」と表現している。彼は、寝床を求めず、暗闇を恐れず生きるネズミに、みずからの過酷な状況を生き抜く手立てを見いだし、神殿に置かれていた酒樽(さかだる)に寝泊まりしたという。アテナイ市民は、そんな彼を「犬」と呼んだ。

 ある日、ディオゲネスは「どこの国の人か」と問われた。故国を追放され、ホームレス生活を送る彼には、答えるべき国も所属もない。そんなディオゲネスから発せられた言葉が、ギリシア語の「コスモポリテース」、つまり「コスモス(世界)の民」である。故国を追放されたこと、ホームレスであることが、コスモスの民であることに反転するのである。私たちが知るコスモポリタンという言葉は、遠くこれに由来する。

 ディオゲネスは、旅と移動の哲学者であり、コスモポリタンの哲学者である。しかし、その旅と移動は、強いられたものであり、罪責と失意のなかはじまった。ディオゲネスはみずからの運命を恨むことなく、コスモポリタンであることへと反転させることができたが、21世紀を生きる私たちは、それを私たちの時代の、私たちの世界で捉えなおし、コスモポリタンという言葉の意味を再考してみるべきだろう。

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 世界ではいま、数えきれないほど多くの人々が、「旅と移動」を強いられている。先日、日本でも、いわれなき罪の可能性によって故国に帰れなくなったスポーツ選手がひとりならず出て、注目された。それと同時期に、国連決議による五輪休戦が呼びかけられているなか、故国を追われて生きる難民たちが、一方的に「テロリスト」として扱われ、その居住区が爆撃された。

 こうした「旅と移動」は、いまにはじまったことではない。コロナ禍によって減じてなどいない。そのことは、まさに当のコロナ禍のもと、仕事を失い、ホームレスとなったひとが、数多く炊き出しに並んでいる現実によっても明らかだろう。コスモポリタンを再考することで、私たちがコロナ禍でその不自由を嘆いている、旅と移動をめぐる想像力が問われるのである。

 コスモポリタンという言葉が特別なものでなくなりつつあるなか、なおそれについて考えることに意味があるとすれば、それは、その言葉の由来がそうであるように、このような現代の追放とホームレスについて考えることと不可分だろう。

 その意味で、コスモポリタンは時代遅れではない。そうした人々とともに、真にコスモポリタンとなるためには、何が求められているのか。酒樽のなかのディオゲネスは、いま「ホーム」に生きる私たちにこそ、そう問いかけているように思える。

 ※本文中の引用はディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝(中)』加来彰俊訳、岩波文庫、1989年より。

【おぐら・たくや】1985年大阪府枚方市生まれ。秋田大学教育文化学部准教授(哲学、思想史)。主な著作に『カオスに抗する闘い』、「現行犯での伝説化」(共著『ドゥルーズの21世紀』)、「可能的なものの技法」(共著『発達障害の時代とラカン派精神分析』)など。本紙文化欄にコラム「疾走する哲学」(毎月第4火曜日)を執筆。

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