旅と移動・世界×文化(10)サハリン「辺境」を問い直す(長谷川章)

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 サハリンは北海道の北にあり、日本から一番近いロシアと言える。だが、この島は日露の間で複雑に帰属が変わった。明治以降、両者の境界未確定期から帝政ロシアの全島領有へ、日露戦争を経ての南部の日本割譲、さらには第2次大戦でのソ連の再占領と推移する。その間ずっと日露にとってこの島は自国の「辺境」として扱われた。

 例えば、ロシアでは境界未確定期から囚人入植が推進され、サハリンは本土から分離した流刑の島になっていく。1890年、作家チェーホフは流刑囚の実態調査を決意し当地へ渡る。シベリア鉄道建設以前、旅は困難の連続だったが、彼の『サハリン島』(1895年)は残酷な体罰や売春が横行する辺境流刑地の荒廃を摘発する優れたルポルタージュとなった。

 その後、南部は日本の樺太(からふと)庁になる。そこは日本本土にとっても「辺境」だった。北原白秋は1925年に当地を旅し、紀行文『フレップ・トリップ』(1928年)を刊行する。だが、これは手放しで称賛できるような作品ではなかった。現地の風物を次々取り上げる白秋の視線からは、北方の「辺境」を遅れた貧しい場所とする差別的態度が随所で透けて見える。

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 このように日露双方でこの島は本土の優越を前に「悲惨な」辺境の位置に置かれることになった。実際のサハリンには当然さまざまな魅力があるのだが、それとは別に、現代ロシアでもこの日露双方のイメージを意識した小説が登場する。

 ヴェルキン『サハリン島』(2018年)は、世界全面核戦争で唯一文明国として生き残った日本が「大日本帝国」を復活させ、サハリンを属領とするSFである。主人公は日本に育った数少ないロシア人女性で、学術調査で無法地帯と化したサハリンへ潜入する。映画『マッドマックス』も連想させる暴力に満ちた本編の設定は、帝政ロシアとサハリンの関係を大日本帝国と樺太の関係に転換させたものとも言える。

 だが、ここでの差別描写は評価が分かれる。小説で日本人は特権的存在であり、他のアジア人は残忍な迫害を受けている。このような設定をした理由は、人間の差別感情の本質をあぶり出すためとも推察できる。だがロシアにも差別は当然あるのに、なぜ日本の差別構造に仮託したのかという疑問は残る。

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 日露の支配の歴史では、サハリンは確かに悲劇を重ねた島である。日本側の樺太では、第2次大戦末期のソ連軍占領で居留民は凄惨(せいさん)な体験を強いられた。日本人や樺太アイヌは島から北海道へ移住を余儀なくされ、徴用などで移っていた朝鮮人は戦後も当地に取り残されることになった。

 他方、チェーホフ以降のロシア側はどうだったのか。最後に先住民族の立場から書き続けているニヴフ人作家のサンギについて紹介したい。

 ニヴフ(旧称ギリヤーク)は大陸側とサハリンで狩猟漁猟を生業としてきた(現人口は約4500人)。サハリン北部出身のサンギがロシア語で書いた『ケヴォングの嫁取り』(1977年)は帝政末期が舞台の長編だ。川の上流部に暮らすニヴフの一族を中心に、銃・ウオッカ・毛皮・漁業・シベリア鉄道延伸などの経済史的観点を織り込みながら、ロシア極東の激変をダイナミックに描いている。

 主人公たちは奥地に取り残されたまま、外部から伝統を崩されていく。だが、サンギは一族の窮乏をただ描いたのではない。作家は、自身の側のローカルな世界を、外部のロシア人や他の少数民族の世界と多面的に対峙(たいじ)させる。そうすることでローカルな視点から飛翔(ひしょう)し、悲劇の本源が何かが全体像として鮮明に浮かび上がるのである。

 サンギのように、文学によって少数者の立場から申し立てができるのだと知ることは、一種の希望である。そもそもどんな位置にいても、個人は「全体」から見れば「辺境」のような個別の場所に置かれている。サンギを読むと、私たち個々人が自らの「辺境」から出発する上で、多大なインスピレーションを与えてくれるように思えるのだ。

【はせがわ・あきら】1962年仙台市生まれ。秋田大学教育文化学部教授(ロシア文学・映画論)。主な著作に「スターリン期映画のフォルマリスト的瞬間」(『再考 ロシア・フォルマリズム』)、「三丁目の「ソ連」ソヴィエト・アニメと現代からの眼差し」(『ロシア文化の方舟』)、『プログレッシブ ロシア語辞典』(共編著)など。

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