佐竹氏遺宝展(4)佐竹義堯像 随所に西洋の技法

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寺崎廣業 「佐竹義堯像」
絹本着色軸装 縦99.6センチ×横57.5センチ
天徳寺蔵 県指定有形文化財

 佐竹義堯(よしたか)=1825~84年=は中村藩主相馬家の出身で、佐竹氏の分家壱岐守(いきのかみ)家の養子となり、後に佐竹宗家を継いだ。戊辰戦争で新政府側に加わり藩政の終焉(しゅうえん)を見届けた、最後の秋田藩主である。維新後は藩知事を務め、廃藩置県により免職となって東京に在した。

 写真の肖像画は、義堯の死去から12年を経た1896(明治29)年に礼装の姿を描かせたもの。描いた画家は秋田市出身の日本画家寺崎廣業(こうぎょう)=1866~1919年=である。

 制作時、廣業は日本画壇の俊英として頭角を現し、さまざまな展覧会で受賞した。肖像画の制作は、その活躍ぶりと、佐竹家重臣の血筋であることから与えられた栄誉だったに違いない。

 廣業の代表作と言えば、古典的な筆法を駆使した水墨画が知られる。肖像画は輪郭をかたどる得意の墨線があるものの、西洋美術の影響を受けたと考えられる陰影を施し、従来の日本画にない写実性と立体感が表現されている。

 廣業は岡倉天心の下で、横山大観、菱田春草らと日本画の近代化を図り、さまざまな表現に挑んだ。西洋美術の遠近法・陰影法も取り入れたが、現存する作例は極めて少ない。この肖像画からは、若き廣業が新時代の日本画を生み出そうとした鋭意と苦心の跡を見ることができる。

展覧会の詳細はこちら
佐竹氏遺宝展―守り継がれた大名家資料―

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