旅と移動・世界×文化(14)ことばの伝わりかた、今昔(大橋純一)

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 「旅・移動」というと、私が学ぶ言語学にとっては、いかにも縁遠い話題に思えるかもしれない。しかし意外なことに、言葉の問題を考えるうえで「旅・移動」はかねてより関連が深く、有益な知見をもたらしてくれるものとして見逃しがたい。

 民俗学者・柳田国男の著作に『蝸牛考(かぎゅうこう)』(1930年、刀江書院)という語学書がある。「蝸牛」とはすなわち「かたつむり」のこと。柳田はそれが日本各地でどう呼ばれているかを調査し、全国分布から変化の序列を推定しようとした(図参照)。これによれば、日本列島には、「デンデンムシ→マイマイ→カタツムリ→ツブリ→ナメクジ」がこの順で東西に並び、あたかも京都を中心として蝸牛の呼称が同心円状に分布していることがわかる。

 言語は一般に文化の中心地で革新が生まれ、人の移動に伴って周辺へと伝播(でんぱ)していく。すると、それまで使っていた言葉は池に石を投じたときの波紋のように周囲へと押しやられ、結果、その外縁に位置する東北や九州に古い言葉が残存することになる。柳田はこれを「方言周圏(しゅうけん)論」と称し、言語変化の理と説いた。その是非はともかくとして、言葉は言葉自体が勝手に変化するのではなく、人の移動(時には旅も)が密接に関わるというのがこの話の肝(きも)となる。

 もっとも以上は、柳田の論を持ち出すまでもなく、近世の時代には既に気づかれていたふしがある。国学者の本居宣長(もとおりのりなが)は、自身の見聞や考証を述べた随想『玉勝間(たまかつま)』(1795~1812年刊)において、「すべてゐなかには、いにしへの言の残れること多し」と記している。生前、各所を旅したとされる宣長のこと。人伝えの知識のほか、みずからの旅の記憶にもより、上記のように察せられるところがあったに違いない。

 また俳人・越谷吾山(こしがや・ござん)の方言集『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』(1775年刊)では、その「序」に「東西の辺国(へんこく)にも雅言(がげん)あり」との指摘があり、「遠方より来たれる友の詞(ことのは)を笑はしむるの罪をまぬかれしめん」(地方には古いみやび言葉もあるので笑ってはいけない)と、その編纂(へんさん)理由が自戒も込めて明記されている。これもまた、柳田の『蝸牛考』(=方言周圏論)が言わんとすることを、それに先んじて的確に言い当てていた見識のひとつといえるだろう。

 ◇  ◇

 さて以上のように、言葉の変化と「旅・移動」をめぐる議論はきわめて示唆的ではあるが、他方、“今”という時代は『蝸牛考』、ましてや『玉勝間』や『物類称呼』の時代とは大きく事情が異なる。特に戦後に生じた通信・交通網の発達は、短期間に、時にはそこに居ながらにして人・物と交わり合える共通空間を創出した。またそれに付随し、従来のような人から人へ、地を伝って変化していくのとはまた違った背景による言葉の変化も生じつつある。

 それは何も共通語化という一元化の方向性のものに限られない。たとえば昨今、学生たちの言語使用を観察すると、その世代・間柄でのみ分かり合える内々(うちうち)の言葉を志向してのことか、各種方言を表現ツールのひとつとして積極利用している様子がうかがえる(語尾で「…だべ」とか「…やんか」を意識的に使い分けるなど)。こうした事例を知るにつれ、つくづく言葉というのは時流や人の志向、社会条件に基づくものであることを考えさせられる。

 今回のキーワードは「旅・移動」であるが、それを今の時代に照らして考えれば、就学・就職・結婚等々、人の一生の中で「移動」がまったく関わらない生き方はむしろ稀(まれ)となってきているのではないか。その点、先学が想定していた「移動」の意味合いよりは格段に範囲が広く、かつ飛び火的と見るべきだろう。そうした現代において、言葉を捉える視点もこれまで以上に多様化が求められている。言語研究はどこまでいってもこれでよしとする到達点がない。言葉の理を求める「旅・移動」は私自身、しばらく終わりそうにない。

【おおはし・じゅんいち】1969年新潟市生まれ。秋田大学教育文化学部教授(日本語学)。主な著作に『東北方言音声の研究』(おうふう、単著)、『秋田のことば』(無明舎出版)、『ガイドブック方言調査』(ひつじ書房)、『生活を伝える方言会話』(ひつじ書房)、『音声研究入門』(和泉書院、以上共著)など。

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