北斗星(1月3日付)

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 「幾ら入っているかな」と中を確かめる。そのわくわくした気持ちが忘れられない。親戚に会うたび小さな紙袋が増える。「何に使おう」。子供の思いは風船のように膨らむ。それがお年玉だろうか

▼県内では年末年始、遠くの家族と再会した人も少なくないだろう。新型コロナウイルスの影響で、帰省は約2年ぶりの人もいる。都内に進学後、初めて帰った学生は広い実家にうれしくなって、長い廊下を思わず走ったと聞いた

▼実家の人々は再会の喜びをお年玉に託しただろうか。県内ではかつて、「やせまっこ」などと呼ばれた。漢字で「痩せ馬」。額の少なさを謙遜する意味が込められていたらしい。それでも子供にはうれしいお金だった

▼200年以上前には、穴の開いた銭に松葉を通して子供に与える正月の風習があった。その際に「この馬は痩せてます」などと言ったそうだ。江戸後期の紀行家菅江真澄が、県南部で過ごした時の話として記している。銭に松葉を通した形を馬の形に見立てたという説もある

▼お年玉一つ取ってもコロナ以降は違って見える。子や孫と顔を合わせ、年始のあいさつをする。額はささやかでも健やかな成長を願って小袋を自分の手から渡す。その「当たり前」だったことが、実は当たり前ではなかった

▼大人になった時、子供たちはきっと思い出す。額を確かめる際の気持ち。お年玉をくれた親や祖父母、親類の笑顔。年の始め、「当たり前」のありがたさをまた一つ思い知る。

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