北斗星(1月14日付)

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 祖国を離れても秋田弁のみを話す人、故郷を思い「北国の春」を毎晩歌う人、日本国籍のまま過ごす人…。12年前にブラジルを訪ねた際、「地球の反対側にこんな人たちがいたのか」と驚かされた。日系移民による“もう一つの日本”があった

▼最初の移民船が出た1908年以降、25万人が海を渡った。本県からは4千人近くが移住。新天地に根を張るため努力した移民の苦労話を聞くたび、目頭が熱くなった

▼その歩みを記録してきたのが現地で発行される邦字紙だった。現地語を使いこなせない1世に長らく愛されてきたが、高齢化で読者が減少。唯一残った「ニッケイ新聞」も、ついに先月廃刊した

▼前身は大館市出身の故蛭田徳弥さんが47年に創刊した「パウリスタ新聞」。それだけに残念でならなかった。日系人社会では戦後、日本が戦争に勝ったと信じた「勝ち組」と敗戦を受け入れた「負け組」の抗争が激化。蛭田さんは「正しい情報を伝えなくては」とペンを執った

▼負け組の旗を振ったことで勝ち組の怒りを買い、命を狙われたが、ひるまなかった。机の引き出しには護身用のピストルを忍ばせていた。真実を紡ぐ使命への並々ならぬ熱意を感じさせる逸話だ

▼ニッケイ新聞の歴史は途絶えたが、ブラジルでは今月、新たな邦字紙が誕生。ニッケイ記者はここで雇われ、日系人の歩みを再び刻み始めた。紙面が変わろうとも、彼らは正しい情報にこだわる「蛭田イズム」を引き継いでいるに違いない。

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